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中島 覚の部屋

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退職後の活動

2024/04/26~27 メスバウアー分光研究会シンポジウムに参加しました。

2024/06/10 事例報告「広島大学東広島キャンパスの非密封放射性同位元素使用施設の集約化」が印刷されました。

2024/06/17 日本放射線安全管理学会6月シンポジウムに参加しました。

2024/07/09 Basukiさんとの論文がアクセプトされました。

2024/07/20 大学院時代の研究室の同窓会とボスのお墓参り

2024/08/10 高校の同窓会に出席しました。

2024/08/17 中学の同窓会に出席しました。

2024/08/29 Habiburさんとの論文がアクセプトされました。

2024/09/01~05 ISIAME2024に参加しました。​

2024/09/06 大学等における放射線安全管理研修会に参加しました。

2024/09/20 解説記事が「放射化学」に掲載されました。

2024/09/23~25 日本放射化学会第68回討論会(2024)に参加しました。

2024/10/03 総説論文がアクセプトされました。​

2024/11/04 大山登山に行きました。

2024/12/14~15 The 16th International Workshop on Ionizing Radiation Monitoringに参加しました。

2024/12/16~18 第5回日本放射線安全管理学会・日本保健物理学会合同大会に参加しました。​

2024/12/25~26 令和6年度専門研究会「短寿命RIを用いた核分光と核物性研究 Ⅸ」に参加しました。

2025/03/04 電通大小林さんの最終講義に出席しました。

2025/03/07 黒岡君との論文がアクセプトされました。

2025/03/18 Satrioさんとの論文がアクセプトされました。

2025/04/16 広島商船高等専門学校に週一回行きます。

2025/05/09~10 メスバウアー分光研究会シンポジウムに参加しました。

2025/05/13 事例報告がアクセプトされました。

2025/06/14 映画「国宝」を観ました。​

2025/06/23 日本放射線安全管理学会6月シンポジウムに参加しました。

2025/08/25 Basuki​さんとの論文がアクセプトされました。​

2025/09/01~02 家族旅行に出かけました。​

2025/09/05 大学等における放射線安全管理研修会に参加しました。​

2025/09/14~19 7th Asia-Pacific Symposium on Radiochemistry 2025 (APSORC25)に参加しました。

2025/10/11 酒祭りに行きました。​

2025/10/28 厚労省事業第2回会議に出席しました。​

2025/11/09 ゴッホ展(東京都美術館)に行きました。​

2025/11/10 原子力規制庁に行ってきました。​

2025/11/23 三瓶山(男三瓶山)に登りました。

2025/12/06 映画「Tokyoタクシー」を観ました。

2025/12/15~16 日本放射線安全管理学会第24回学術大会に参加しました。

2025/12/27 Morin転移の論文がアクセプトされました。

2026/01/27 厚生労働省に行ってきました。

2026/02/16~17 令和7年度専門研究会「短寿命RIを用いた核分光と核物性研究 XII」に参加しました。​

2026/03/09 松嶋さん、Herryさんとの論文がアクセプトされました。

2026/03/11~12 第27回「環境放射能」研究会に参加しました。

2026/04/08 今日から広島商船高専での令和8年度授業の開始

2026/04/13 Basukiさん等との論文がアクセプトされました。​

2026/04/29 広響POPSCONCERTに行きました。

2024年3月で広島大学を定年退職しました。退職後の活動を残していきたいと考えています。研究・仕事とともにプライベートも盛り込めればよいと考えています。

​山岡鉄舟の「かたつむり 登らば登れ 富士の山」の心境です。

​串田孫一の言葉「日々の行いを 選び積み重ねることが 人生の行方を定める」 確かにそうですね。

​イチローさんの言葉「やっぱり不完全であるというのはいいなって。生きていくうえで、不完全だから進もうとできる」 良く分かります。

手塚治虫​のテレビを見た。成田に向かうタクシーの中で原稿を描いていた。私もささやかですが、移動中にpptを作成しProceedingを書いていた。⇒やなせたかしの仕事の進め方はまた少し違う。いろいろな仕事の進め方があるんだなぁ。⇒私のXより「手塚治虫 ブラックジャック展 at 松本 手塚は古い、手塚は終わった と言われてからブラックジャックを描き始め、描き続けた そのエネルギーは凄い」

孔子の「心の欲する所に従えども矩を踰えず」の心境です。

​白髪のニール/重松 清 「キープ・オン・ローリング、なんよ」「転がりつづける、いうことですか」「止まらん、いうことよ」「終わらん、いうことよ」「要するに、生き抜く、いうことよ」

武者小路実篤​「この道より我を生かす道なし この道を歩く」 そうだよね

​「その日を摘め」 ホラティウスの詩の中から 英語では "Seize the day."

​アルケミスト 夢を旅した少年 / パウロ・コエーリョ「幸福の秘密とは、世界のすべてのすばらしさを味わい、しかもスプーンの油のことを忘れないことだよ」

​パスツールの最後の言葉「人は働くものだ。わたしはできるだけのことはやった。」 パスツールの別の言葉「私が目標を達成できた秘訣を教えよう。それは絶対に、諦めないことだ」

​ジョンブル魂(逆境に打ち克つ不屈の精神) これが大英帝国を築いた。

​札幌誕生/門井慶喜 「子供のように楽天的だな」「先駆者はみなそうさ」

​「逆境が人に及ぼすものこそ輝かしい」「おっシェイクスピア」「だから今の君があるんじゃないか」 あんぱんより

ラテン語の修道院のあいさつ「メメント・モリ(死を思え」に対する返事「カルペ・ディエム(その日を生きよ)」 養老孟司さんと語る/朝日新聞

ニコラ・オリスラガース「2021年、東京オリンピックでこのスタジアムに来た時、とても穏やかな気持ちでフィールドに立っていたのを今日思い出しました。自分のパフォーマンスが自分のアイデンティティや価値を決めるものではないと分かっていたからです。だから、金メダルをとれそうになったときもプレッシャーはありませんでした。なぜなら、最下位になったとしても何も失わないし、1位になっても何も得られないと知っていたからです。」

​湯川秀樹「学問の進歩に建設的な役割を果たした学者には、必ずある種の甘さが見いだせる」(折々のことば/鷲田精一 より)

​秋山 仁「80歳を目前にして、80の体力に合わせてペースは落としつつも、研究に執筆に講演に、…と楽しく過ごせているのも、40、50、60、70代で惰性に流されず、迷いながらも目標とするハードルを高く上げ転換していったことが良かったと感じている。」

​古東哲明「いつまでも…終わってほしくないほどのものが、幸福の生なのに、終わるからこそ幸福であるというパラドックス」(折々のことば/鷲田精一より)

​青木冨貴子「ジョンについて本を書くことは、もの書きになりたいと思った若いころに戻って、自分をたどる作業でもあった」(ひと欄より)

​サルトルの実存主義を受けて、「ぼくたちは役を仕込まれていない役者だ。シナリオもなければ、何をしたらいいかそっと耳打ちしてくれるプロンプターもなしで、気がついたら舞台に突き出されている。どうするかは、ぼくたち自身が決めなくてはならない」(ソフィーの世界/ヨースタイン・ゴルデルより)

阿川尚之「私自身はその時が来た時、『もうよか』と静かに受け止めたい」(御厨 貴 評)

​エルケ・ハイデンライヒ「老いることは弱虫には向かない」「幼年期から思春期へ、青年期から中年期へ、人生の季節が変わるたびに、人は何かをなくし、代わりになにかを得る。壮年期から老年期への移行も同じだ」(GLOBE 浅井晶子)

​「表現者としての誇りは、気が遠くなるほどの葛藤の時間、そして孤独の深さに比例する。それを引き受ける覚悟が深い人ほど、涙も痛みも世間には見せないものだ。」日曜に想う/吉田純子

​末森千枝子「何かを手放した時、その状況から逃げ出さなければ、先がある。失って、満たされることが人生には起こるものです。」折々のことば/鷲田精一

​池澤夏樹「作家には沖に向かって泳ぐタイプと岸に向かって泳ぐタイプがいる。君はどちらか」人生の贈りもの/新井敏記

​柳田國男「覚えるは、体で覚えるからちゃんと自分のこととして役に立つ。覚えることを続けると、学んでいないのに分かることがある。これを悟るという。」ぼくたちはどう老いるか/高橋源一郎

​横尾忠則「未完で生まれて未完で生きて、未完で死ぬ。」を受けて、人間はいつもどこかへ向かう途上にある旅の人、止まればいのちが途絶える過客であって、それ故にこそ自由も可能となるのだろう。/鷲田精一

​越えていけそこを 越えていけそれを 今はまだ人生を 人生を語らず/吉田拓郎

​広中平祐「無駄なように思えることを、人は考え、美しい理論を導き出したりする。AIにはできないことです」/天声人語

​歳を取ると人や社会と接する機会が減りがちですから、元気なうちは電車に乗り適度な刺激を受けた方がいいのかもしれません。/北野 大 83歳 その仕事と人生

​新しいテクニックを発明した 人間七十歳にして けいけんハ偶然から生まれる/ 藤田嗣治 日記 (鑑定団で紹介)

​変化は不安とともに何かを生む。「大学とは、その新たな世界に入っていくための場所です」/天声人語

​親鸞「自力では諦めきれぬと諦めて 他力をたのむ ほかにすべなし」/運命の足音(五木寛之)

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役職

2024年5月現在

広島大学名誉教授

広島大学客員教授

​広島商船高等専門学校非常勤講師(2025/04より)

日本放射線安全管理学会会長⇒2024/06/17より監事

大学等放射線施設協議会監事⇒2025/10/01より顧問

メスバウアー分光研究会監事

​日本放射化学会教育部会幹事(2024/09より)

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